MAKING TOMORROW(メイキング トゥモロー)
一人の勇気の力 ジョン ギャスライト
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プレスコンファレンス
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2004年2月。台湾の国立大学の大きなガジュマロの樹で、僕と川尻秀樹さん(ツリークライミングジャパン副代表・樹木医)はフィジカルチャレンジャーと一緒にツリークライミングをしてきました。
参加してくれたのは台北市に住むいろんな障害を持った人。当日は大勢の報道陣にかこまれ記者のカメラのファインダーがチャレンジャーをずっと追っていました。もちろん通訳が間に入ってのコミュニケーションです。台湾ではフィジカルチャレンジャーがこのように派手に活動していることは珍しいし、もちろんツリークライミングは台湾初、しかも障害者のツリークライミングならなおさら珍しくてとにかく大騒ぎになりました。
そこにきてくれたある夫婦は二人とも車椅子の生活をしている人でした。お母さんは車椅子ダンスをしたりスポーツをしたり今までにいろんなことにチャレンジをしてきています。お父さんも一緒に来てくれて今日は応援団の子どもに見守られての参加です。初めてのツリークライミング、さらに大勢の報道陣に囲まれてのチャレンジでしたが、木に少し上り始めると眼下は目に入らず、初夏のような暖かい風に揺れる木の葉や、枝の隙間から見える空に自然の安らぎを感じながら、木の上の方に張ってあったツリーボート(ハンモックのようなもの)目指してゆっくりと登りました。やっとツリーボートに入ると下にいたカメラマンたちに手を振り、自分の子どもにも嬉しそうに中国語で話していました。お母さんも自分が車椅子なしでこんな木の上に来れたことをすごく喜んでいます。だんなさんも照れながらも喜んでいます。
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初めてのクライミング
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二人が木から下りてきたとき僕は子供に「お父さんとお母さんはすごいチャレンジャーだったよ!台湾で第一号のチャレンジャーだ。素晴らしい勇気はきっと台湾の人の心を変えていくと思うよ!」というと子供たちは嬉しそうに笑いました。お母さんが「今まで子ども達が、自分の両親が車椅子に乗っている身体障害者だといういことを感じさせたくないと学校のPTA活動に参加したりしてがんばって来たけれど、これから思春期に入るので子供たちには親が障害者であることをマイナスに思って友達や社会から引け目を感じてほしくないと強く願っている。今回のチャレンジを見て自慢に思ってくれれば嬉しいわ」と言っていました。
また、ダウン症の子どもは木の上でロープにぶら下がりゆらゆら揺れ大喜びで、上から下にいるお母さんに手を振りました。僕は「リトルエンジェルって彼らのことを呼びますが、本当にエンジェルみたいですね」と言うと、お母さんは急に目から涙をたくさんこぼしました。まだまだ、ダウン症の子供たちに対する理解が低い台湾でこんなに愛している子どもにエンジェルと思っていても言えなかったけれど、その言葉を大勢の人の前で堂々と言ってくれてありがとうと。
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チャレンジャーと
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この台湾でのフィジカルチャレンジャーのツリークライミングを実現させてくれたのは、実は日本人の重度身体障害者、彦坂利子さん(名古屋市在住)のお陰なのです。彼女が2001年に挑戦したアメリカの80メートルのジャイアントセコイアへのツリークライミングは、夢は叶えられることを僕たちツリークライミングの仲間に見せてくれました。その快挙が、アメリカや日本でのテレビ取材や僕のインターネットに書いた文章などを通じて、ゆっくりと世界の人の心を感動させ広がってきているのです。世界初のフィジカルチャレンジャーによるツリークライミングは、障害という大きな壁を乗り越え、障害者のチャレンジ精神に大きな道を作り、その道を今歩き始めた人たちがいるのです。車椅子から離れ、少しずつ樹上の世界に上っていくことで今まで障害という言葉に釘を打たれていた心をゆっくり克服していくのです。
アメリカではミシガン大学とドクターのグループと共同でフィジカルチャレンジャーのツリークライミングが行われたり、デンマークでも行われ、そして今度は台湾のエリオットさんとい方が彦坂さんの話を読んで、今まで事件ばかり追っていたカメラ記者という仕事を辞め、ツリークライミングの技術を学びそして今回のように台湾でもフィジカルチャレンジャーの人たちとツリークライミングをするきっかけを作ってくれました。
彦坂さんの80メートルを何時間もかけて体力と精神力をありったけつぎこんで成し遂げたツリークライミングの快挙は今でも、こうして世界中の人に感動を与え、それがまたほかの人たちへチャレンジしてみる勇気を与え続けているのです。
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